「馬鹿と天才は紙一重」という言葉がありますが、それとは別の
メカニズムで同じような現象がみられるのでは?と思ったのが、
今日のお題です。
今週の月曜朝、事務所に出てきてプログラムを動かそうとしたら
うまく動きません。
以前のマシンでは問題なく動いていたものだから、はて、これは
またぞろシステムの問題かと思ったのですが、どうやら動き方そ
のものがおかしくて、自分の責任の範囲のようです。
こうして嫌がおうにもデバッグなる素敵な時間を過ごす一週間が
始まってしまったわけですが、ここでいうプログラムとは、3つ
も4つもの実行ファイルからなるシステムでして、いま目の前の
現象を解消するには、その前プロセスのプログラムを直し、その
前プロセスを直すためには更に前プロセスを直しの繰り返しです。
挙句の果てには、外部からのデータ仕様が変更になっていたこと
まで判明。こうすると、仕様変更による改造まで含んで、一大ソ
フト開発プロジェクトが開始してしまうという有様です。
ある日突然ソフト開発プロジェクトが飛び込んできても、こちら
の盆暗頭脳はそうは簡単にスイッチングが効かず、まったくなが
ら混迷の日本海溝。ここで気がついたのは、原因の特定作業で使
う脳とデバッグなり改造なりのソフト設計で使う脳が異なること
です。
原因の特定だとかプログラミングのロジックを考えるのは、もっ
ぱら論理思考が担当の左脳ですが、開発プロジェクトのデザイン
だとかソフト設計といったイメージを要求されるのは右脳の担当
です。
すると、左脳→右脳→左脳といったように、適宜思考を上手に振っ
てやる必要があるわけで、そうはいってもコンピュータのように
デジタルに0と1と電気的に切り替わるほど私の頭脳は半導体で
はありません(笑)。
そういうわけですから、大体どんなプログラムを作ればいいのか
イメージするには、さっさとクーラーの効いた部屋でウィスキー
でも飲むのが一番というわけでして、明るい蛍光灯が親切に机を
照らしてくれるオフィスで良いソフトなどできるわけがありませ
ん。
さっそく素直にモルトウィスキーを飲んだりすると、あれま3分
5分で必要だったロジックがさらさら紙の上を走ってくれまして
あれほど机にかじりついていた時間は何だったのだろう?と思う
わけです。
さて、本題ですが、その思いついたロジックを書き留めるチャー
トと呼ばれるもの。四角形を線で結んだフローチャートが有名で
すが、あれは自分で好きなところに線を引くことができてしまう
ので、論理的な構成が求められるプログラミング設計には不向き
だったりします。
がしかし、論理性の強いチャート(私はHCPチャートを使いま
す)は、先の右脳を使ったソフトのデザイン時には強い論理性に
引きずられてしまって、プログラムの大きな目的を処理する処
理を書くには生産性が下がってしまうという欠点があります。
両チャートとも、記載する言語を「日本語」で書くかプログラ
ミング言語で書くかによってもまるで違うのですが、その効果
の違うところを上手く使うことができれば、悪く言えば論理と
チャートを騙して使うことになるし、良く言えば右脳と左脳の
両方を同時に使う全脳思考をしているとも言えそうです。
そこで、ようやくアーティストだ。
アーティストは、一般人からみれば右脳全開バリバリがアート
のような印象を持ちますが、右脳だけで作られたアートは形而
上だけの範囲の製作物ですから、その中身になにかがあろうと
なかろうと自由ですし、作者が「これは○○だ」と主張すれば
それが好きかどうか、理解できるかどうかの話に過ぎません。
しかしながら、例えば産業デザインのように機能という左脳分
野がもたらす製作物と、その表面を親人間的に形作ったところ
にみられる芸術性という右脳分野の成果が高いレベルでバラン
スするのが「アートとしても良い作品」ということになるので
はないでしょうか。
ならば、洗練が要求される21世紀の商品やサービスは、アー
トとしても良い作品と呼ばれる製作物であることが、商業的成
果の点を追求するビジネスの分野でも重要なファクターである
ように思います。
というようなことを思いつつ、今もソースファイルと睨めっこ
であります(笑)。
感謝!
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